田舎コンプレックス
私は昨年の春、私立大学の文系学部に進学した。
某アルファベット5文字の大学群に入り、学部の偏差値は60程度。そこそこ良いほうなのではないかと思う。
大学には、たくさんの人がいた。
18までずっと、閉鎖的な世界で生きてきた。
ただの田舎ではない。ただ、船1本で行けるので、東京までのアクセスはとても良いと思う。
全方位海に囲まれた、人口7000人足らずの町だ。
近所の商店の従業員はもれなく全員知り合い、というか、私が母親の胎内にいる頃から知られている。帰省して寄るたびに「〇〇ちゃんおかえり!こっちにはいつまでいるの?」と声をかけられる。お店にいるお客さんは顔見知りがほとんど。
このような、物理的にも閉ざされていて停滞したコミュニティでは、根も葉もない噂がよく回ってくる。
例えば、
最初に新型コロナに罹患した人は一瞬で特定された。
事実ではない噂をもとに誹謗中傷をされ、引っ越してしまう人もいた。
私が進学した大学の名前も、ほとんど関わりの無い先輩に知られていた。
小学校と中学校は地区ごとに3つずつある。小学校から中学校は完全に持ち上がりで、私の小中の同期はたった20人だった。
高校は2つで、そのうち普通科がある学校は1つ。
私の高校同期はたった40人だった。
私は心身共に強いほうではなかった。小さい頃は毎月のように風邪を引いていたし、重度の食物アレルギーもあった。小中高、冬になり寒くなってくる季節はメンブレを起こし、休みがちだった。
また中3の冬に偏頭痛を発症し、3学期はほぼ毎日欠席だった。死にかけで高校受験をした。とはいえ地元の高校は当たり前に定員割れしているため、名前を書くだけで入ることができる。
卒業式も欠席した。
中3の延長で高校に入学してからもよく欠席していた。1学期で留年の話が出た時は本当に終わりだと思った。
私は愚かにも大学受験をした。決して優雅に学問をするような身分ではないのに。身の丈に合っていないのに、受験をした。
小学生の頃テレビで東大生を見て、とても強い憧れを抱いた。その時のワクワクした気持ちを、どうしても捨てられなかった。
しかし、流石に東京大学は無謀だったので、第1志望は今私が在籍している私立大学にした。
(両親からは国公立でないと家計的に苦しいと言われていたが、模試の成績や私の体調的に5教科7科目を勉強することは厳しいことを伝え、私立に行かせてもらえることになった。)
ちなみに私の高校から大学へ進学するのは約3割。それ以外は専門学校か就職。
大学進学のほとんどは指定校推薦で、偏差値35〜45程度の文系学部に進学する。
一般で大学を受験するの学年に3.4人、良いランクの大学に進学するのは1人2人が基本である。
私は欠席日数も多く学校の成績が特段良いわけではないので、一般受験をすることにした。
しかし、地元に塾なんてものは無い。
金銭的にも、夏休みに泊りがけで島外の夏期講習へ行くこともできない。
そこで私はスタディサプリに頼った。
スタディサプリとは、高校教育の基礎から大学受験生のための講義を配信しているサービスである。高校受験や、TOEICなどの講座もあるらしい。一言で表すなら、授業動画のサブスクといったところだ。
オンライン家庭教師を依頼するより圧倒的に費用が安いこと、そして自分のペースでやりたい勉強を繰り返しできることが最大のメリットだろう。(ただし、リアルタイムで講師に質問することはできないのに困る人もいると思う。)
私が行った受験対策は、
①スタディサプリや参考書での勉強
②高校の先生が放課後に"善意で"開いてくれる学習会への参加
以上のことを1年半ほど続け、なんとか第1志望の大学に合格した。
大学には、たくさんの人がいた。
でも、箸を上手く持てない人は、ほとんどいなかった。
アルファベットが書けない人も、私の話が一発で通じない人も、全然いなかった。
それどころか、私とは全く違う世界で生きてきた人ばかりだったし、私より全然教養があり賢い人が多かった。
今まで私の周りの大人は、土方、漁師、農家、修理工、畳職人、役場の職員、教員、個人事業者など。
大学でできたとある友人の父は、研究職らしい。恥ずかしながら、初めて聞いた職種だった。
高校の話を聞くと、中学受験をして、大学付属の中高一貫校に進学した人、自称進学校や有名な女子校出身の人、色々だった。ダンスの強豪校に行くために、中高一貫に入ったにもかかわらず高校受験をしたという人もいた。
正直、自分から聞いておいて彼らが何を言っているのかよくわからなかった。
ジェンダー問題について話し合う授業で、私が「地元では性別役割分業は当たり前だったけど、法事では女の人ばっか台所に立って働いて、男の人は座って待ってるのはずるいと思ったなあ」と言うと、田舎はいまだにそんな習慣があるのかと驚かれた。
この1年で、私は色んな人と出会い、色んな価値観を知った。
同じ日本で、同じ東京で、こんなにも暮らしが違うなんて。
元々知ってはいたけど、改めて強く実感させられた。
また、皆がみんな奨学金を借りて学校に通っているのだと思っていたが、蓋を開けてみると、私とあと2人くらいしかいなかった。
私が当たり前だと捉えてきた習慣や価値観は、やはり違うんだと思った。
インターネットのおかげで知れて良かった。大学に来て実感できて良かった。…?
でも、もしかしたら、知らないほうが幸せなこともあったかもしれない。
死ぬまで地元に居着き、東京は遊びに行く場所!のような生き方をしていたら、コンプレックスなんて芽生えなかったのかもしれない。
どっちのほうが良かったのか、今はまだわからないけど。